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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)9725号 判決 1964年5月29日

主文

第九、七二五号事件について

被告は原告に対し金一〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三五年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

第六、四六八号事件について

被告等は原告に対し別紙目録記載の建物を退去明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

一、当事者の求める裁判

(一)  第九、七二五号事件につき

原告訴訟代理人等は

原告が被告から昭和三一年五月四日借り受けた金五〇万円の債務の存在しないことを確認する。

被告は原告に対し、金一九八、六六五円およびこれに対する昭和三五年一月九日から右支払ずみまで五年分の割合による金員、ならびに金八五、〇三六円およびこれに対する昭和三六年四月一六日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

被告は原告に対し別紙目録記載の建物についてなした

(1)  昭和三三年一一月二六日東京法務局品川出張所受付第二二、六二三号登記原因を昭和三三年一一月二六日代物弁済とする所有権移転登記

(2)  昭和三一年五月四日同出張所受付第七、九二四号をもつてなした債権額金五〇万円、弁済期日昭和三一年六月一日、利息年一割八分、同支払期前払とする抵当権設定登記

(3)  同日同出張所受付第七、九二五号をもつてなした昭和三一年五月一日停止条件附賃貸借契約を原因とする賃借権設定登記

(4)  同日同出張所受付第七、九二六号をもつてなした昭和三一年五月一日停止条件附代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記

の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに第二項につき仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

(二)  第六、四六八号事件につき

原告訴訟代理人は、

被告等は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求め

被告小林正次、同有限会社小政建設、同早乙女芳弘等訴訟代理人等および被告仙洞田忠雄は、それぞれ

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

二、第九、七二五号事件についての請求の原因および答弁

(請求の原因)

(一)  原告小林正次は、昭和三一年五月一日被告中村織雄から金五〇万円を利息月七分、弁済期日同年六月一日と定めて借り受け、右債務担保のため原告所有の別紙目録記載の家屋に抵当権および停止条件付賃借権を設定するとともに、債務の弁済をすることができないときは代物弁済として右家屋所有権を被告に移転すべきことを約し同月四日右家屋に請求の趣旨第三項(2)ないし(4)記載の各登記を経由したうえ、同日被告から一ケ月分の利息として金三五、〇〇〇円を天引し、残額金四六五、〇〇〇円を受領した。

(二)  右天引利息は現実の交付金額に対する利息制限法所定の利率による利息額を超過するので、同法第二条の規定により右超過部分は元本の内入に充てたものとみなされるほか、原告はその後右債務に対して別紙計算表(一)のうち原告の主張欄記載の各支払日に各記載金額を被告に支払つた。

右支払金額のうち、(イ)昭和三一年九月五日支払の金三五、〇〇〇円および(ロ)同月二七日支払の金五〇、〇〇〇円は、いずれも、同額面の小切手(甲第一、二号証)を、(ハ)昭和三二年三月七日支払の金七〇、〇〇〇円は、金額八四、〇〇〇円の小切手(甲第四号証)を、それぞれ支払のため振出交付したところ、不渡となつたので、それぞれ右各小切手の返戻を受けると引換に現金をもつて支払つたもの、(ニ)同年六月六日支払の金三〇、〇〇〇円は、同金額の小切手(甲第七号証)を振出し、即刻現金化するためこれに裏判をなしたうえ交付して支払を了したもの、(ホ)同年一〇月二三日、(ヘ)同月三〇日各支払の各金四八、〇〇〇円、(ト)同月三〇日支払の金一〇〇、〇〇〇円は、いずれも、同額面の約束手形三通(甲第八号証、同第九号証の一、二)をそれぞれ振出交付し期日にこれが支払をなしたものである。また、(チ)同年九月初、(リ)同月五日頃、(ヌ)同年一〇月五日、(ル)同年一一月三〇日頃、(ヲ)同年一二月初めおよび(ワ)同月一五日頃支払の各金三五、〇〇〇円は、それぞれ、原告が所有家屋を他に売却処分し、その手附金および売買代金を受領する都度、そのうちから被告に支払つたものである。

(三)  そして右各支払額は、いずれも約定の利息損害金に充当する意思をもつて任意支払つたものであるが、利息制限法所定の制限利率を超過する支払部分は、当然、元本の支払に充当したものとみなさるべきで、任意支払つた利息損害金は同法所定の制限利率を超える部分についても元本の内入に充当したものとみなすことができないとする見解は改められるべきである。また、仮りに、右見解に従うとしても、利息をその弁済期日前に前払した場合には利息の天引をなした場合と同一であるから同法第二条の規定により、その支払時における残存元本額から支払額を控除した金額を元本とみなし、これに対する利息支払期日までの制限法所定の利率による算出金額が利息の支払に充てられ、残余の支払額は元本の支払に充てられたものとみなすべきである。

然しながら、右に述べた見解が、いずれも、失当であるとしても、原告が前記のとおりその支払をなした金額は、期間中の約定の利息損害金の額に超える部分は、少くとも当然に元本の支払に充当さるべきであるから、これを約定利率に伴い、前払の場合も弁済期日に弁済したものと同一に取り扱い計算するときは、別紙計算表(一)の原告の主張欄記載のとおりとなり、昭和三二年一一月三〇日頃には完済して余剰を生ずる結果となる。然るに原告はその後も被告の請求に応じて債務の消滅したことを知らずに弁済のための支払を続け、同表記載のとおり、結局合計金二八三、七〇一円を過払した。

なお、その後昭和三四年九月に至り金一〇〇、〇〇〇円を更に支払つたので、若右計算にして誤りがあり債務が残存するとすれば、右金額も損害金の支払に充て、残額を生ずるときは元本に充当さるべきことを主張する。

(四)  然るに、被告は、昭和三三年一一月二六日、予て原告から受領していた印鑑証明、委任状等を使用し、前記代物弁済契約の履行として別紙目録記載の建物について請求の趣旨第三項(1)記載の所有権移転登記手続を経由して了つた。

(五)  右の次第で、原告は被告に対し負担した前記借受債務を全額弁済したのであるから右債務は既に存在せず、その担保のためになした前記抵当権、停止条件付賃借権の各設定登記および停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記は無効に帰し、右債務弁済後になされた前記代物弁済による所有権移転登記も、もとより、無効といわなければならない、のみならず、原告の前記過払金額は原告が当時債務がないのにかかわらずこれを知らずに被告に支払つたものである。

よつて、原告は被告に対し右債務の不存在確認、各登記の抹消登記手続を求めるとともに前記過払金額の返還を求め、そのうち金一九八、六六五円に対しては本件訴状送達の日の翌日である昭和三五年一月九日から、残額金八五、〇三六円に対しては請求の拡張申立をなした日の翌日である昭和三六年四月一六日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(答弁)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実中天引利息の元本内入に関する主張および原告主張の(イ)から(ワ)までの各金員を除くその余の金員の各支払を受けた事実は認める。右(イ)から(ワ)までの金員の支払を受けた事実は否認する、その余の主張事実はすべて争う。同(三)の主張は争う、なお昭和三四年九月金一〇〇、〇〇〇円弁済の事実は否認する。同(四)の登記の事実は認める。同五の主張は争う。

(二)  前記原告が支払つたと主張する(イ)から(ワ)までの各金員については、原告から支払を受けた事実はない。(イ)から(ハ)までの各小切手については、被告が弁済のため振出交付を受けたことはあるが、(イ)の小切手は原告の依頼により依頼返却を受けたうえ、その後昭和三一年九月三〇日金二〇、〇〇〇円の支払を受けた際に、(ロ)の小切手は不渡となり同年一二月二八日金七〇、〇〇〇円の支払を受けた際に、それぞれその支払と引換に原告に返却し、(ハ)の小切手は不渡に帰したので昭和三二年五月二一日金七〇、〇〇〇円を別途貸金の弁済金二〇、〇〇〇円と併せて支払を受けた際、これと引換に返却した。(ニ)から(ヘ)までの約束手形は、被告は受領したこともない。また、(ト)の約束手形は訴外松井光吉が昭和三二年九月五日金一〇〇、〇〇〇円を原告に貸付けその弁済のため原告から振出交付を受けたものであつて、被告の貸金とは関係のないものである。(チ)から(ワ)までの各金員については、原告が主張するような事実は存しない。

(三)  原告は、利息損害金の任意支払をなした場合でも、利息制限法所定の制限利率を超える部分は、元本の支払に充当すべきであると主張するけれども、このような主張には賛成できない、また、弁済期日前に支払をなした利息損害金についてはこれを天引の場合と同視し同法第二条の規定を適用すべしとする主張も理由がない。そして現実に支払われた利息損害金の額が約定利息に超過する場合は、超過部分は次回に支払われるべき利息損害金に繰越算入することを認められるべきであつて、被告が、前記原告から支払を受けた利息損害金を右の方法により原告と合意のうえ充当した結果は、別紙計算表(一)のうち被告の主張欄記載のとおりの計算となり、昭和三二年九月一八日までの利息損害金を支払つて金二二八円の余剰を存するに過ぎず、元本は勿論爾後の損害金も未払のまま残存しているのである。

(四)  原告は右のごとく残債務を存しながらその弁済をしないので、被告は昭和三三年四月一六日附書留内容証明郵便をもつて原告に対し右債務残元本および未払の遅延損害金を同郵便到達の日から七日以内に支払うべく、若し右期日までに支払わないときは、前記代物弁済契約に基づき別紙目録記載の建物の所有権を原告に移転する旨を通告し、同郵便は同月一八日原告に到達したにかかわらず、原告は右催告期間を経過した。従つて、原告は右建物所有権を代物弁済により適法に取得したものとして、昭和三三年一一月二六日に至り右建物について原告主張の所有権取得登記を経由したのである。

然るに、被告は前記のごとく、その後に至り昭和三四年一月二六日原告から金一〇、〇〇〇円を受領しこれを遅延損害金の弁済に充当したのであるから、右代物弁済の意思表示は、これにより徹回されるに至つたものというべく、右金額は前記昭和三二年九月一八日から支払時までの月七分の割合による約定遅延損害金に不足することは明らかであり、その残額および元本全額がなお残存するから、被告は本訴(昭和三七年一一月二六日の口頭弁論期日)において原告に対しその支払を催告し、前記約定に基づき代物弁済の意思表示をする。

従つて、右意思表示により前記建物の所有権は被告に帰属するに至つたものというべく、仮りに右徹回の主張が失当としても前記昭和三三年四月一六日附書留内容証明郵便をもつてなした意思表示により被告はその所有権を取得したものというべきであるから、前記所有権取得登記は適法というべきである。

(五)  また、右受領した金一〇〇、〇〇〇円については、前示のごとく約定遅延損害金に充当したものであり、仮に前記代物弁済の意思表示徹回の主張が許されず遅延損害金に充当し得ないものとしても原告は債務の存在しないことを知りながら給付したものであるからその返還を請求することができない。

原告は、昭和三四年九月更に金一〇〇、〇〇〇円を被告に支払つた旨を主張し、被告は右金額を受領した事実を否認するものであるが、仮りに右支払の事実が認められるとしても、この金額についても、右と同一の理由により被告は返還の義務を負わない。

三、第六、四六八号事件についての請求の原因および答弁

(請求の原因)

(一)  原告は、前記第九、七二五号事件の答弁において述べたごとく、昭和三一年五月一日被告小林正次に対し金五〇〇、〇〇〇円を、弁済期日同年六月一日、利息月七分の約定で貸与し、その際右債務担保のため、同被告所有の別紙目録記載の建物につき抵当権の設定を約するとともに、若し右債務の弁済をすることができないときは、代物弁済として右建物の所有権を原告に移転することを約定し、その所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

(二)  然るところ、同被告は右債務の弁済をしなかつたので、被告は、昭和三七年一一月二六日の本件口頭弁論期日において右代物弁済の予約完結の意思表示をなし、仮りに右予約完結権の行使が失当としても、昭和三三年四月一八日到達の書留内容証明郵便をもつて同被告に対しその意思表示をなし、右建物所有権は原告に帰属するに至り、原告は、昭和三三年一一月二六日その旨の所有権取得登記を経由した。

(三)  然るに、被告等は、何等正当の権原もなく、右建物を占有している。

(四)  被告仙洞田忠雄は、右建物を昭和三三年一〇月九日被告小林正次から賃借した旨を主張するけれども、仮りに右賃貸借の事実があるとしても、原告はそれ以前である昭和三一年五月四日右建物について所有権移転請求権保全の仮登記を経由し、右仮登記の本登記として前記所有権取得登記をなしたのであるから、右本登記は仮登記の時に遡つて効力を有し、同被告は右賃借権をもつて原告に対抗することができない。

(五)  よつて、原告は被告等に対し右家屋所有権に基づきその退去明渡を求める。

(答弁)

被告小林正次、同有限会社小政建設、同早乙女芳弘

(一)  請求原因(一)の事実を認める。同(二)の事実中通告書到達の事実および登記の事実は認めるが、その余の事実は否認する。同(三)の事実中、被告等が原告主張の家屋を占有している事実は認めるが、無権原でこれを占有するとの事実は争う。

(二)  被告小林正次は、原告主張の債務を完済したから、原告のなした代物弁済の意思表示は無効であり、従つて、家屋所有権が原告に移転すべきいわれはなく、原告のなした所有権取得登記も無効である。この点については、第九七二五号事件の請求原因として同被告が主張するところを援用する。

(三)  従つて、右家屋所有権は被告小林正次に属するから原告の請求は失当である。

被告仙洞田忠雄

請求原因(一)および(二)の事実は知らない。同(三)の事実中被告が原告主張の家屋を占有する事実は認めるが、無権原であるとの点は争う。被告は昭和三三年一〇月九日これを所有者である被告小林正次から適法に賃借し爾来占有しているものである。

被告大塩稔は、本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

四、証拠(省略)

理由

第九、七二五号事件についての判断

一、被告中村織雄が原告小林正次に対し昭和三一年五月一日金五〇〇、〇〇〇円を弁済期日同年六月一日利息月七分の約定で貸与することを約し、右債権担保のため原告所有の別紙目録記載の建物に原告主張の抵当権および停止条件付賃借権の設定を約するとともに、原告が右債務の弁済をしないときは、代物弁済により右家屋所有権を被告に移転することができる旨の代物弁済の予約を締結したこと、同年五月四日原告は別紙目録記載の家屋にその主張の抵当権、停止条件付賃借権の各設定登記および所有権移転請求権保全仮登記を経由したうえ、被告から金五〇〇、〇〇〇円に対する一ケ月分の利息として金三五、〇〇〇円を天引したうえ、残額金四六五、〇〇〇円の交付を受けたことは、当事者の間に争がない。

二、原告は右借受債務は既に全額弁済により消滅した旨を主張するからこの点について判断する。

(1)  まず、前記天引利息は元本の弁済期日である昭和三一年六月一日までの約定利息として支払われたことは明らかであつて、利息制限法第二条の規定により右天引利息のうち受領額に対する同法第一条所定の利率により算出される利息額を超過する部分は元本の支払に充当されたものとみなされるから、弁済期日までの期間を二九日とし弁済期日における残存元本は

<省略>

の算式により金四七一、六五〇円となる。

(2)  次にその後原告が支払つた金額について、支払額およびその充当関係を考えてみる。

原告が別紙計算表(一)の原告の主張欄記載の各支払金額のうち、原告主張の(イ)から(ワ)までの各金額を除くその余のものを被告に支払つたことは、当事者間に争がないから、以下右(イ)から(ワ)までの各支払の有無について順次判断することとする。まず(イ)および(ロ)については、被告がそれぞれ同一額面の小切手を受領したことは被告においても認めているところであるが、成立に争のない甲第一、二号証に証人松井光吉の証言を併せ考えると、(イ)の金額について交付を受けた小切手(甲第一号証)は、一旦銀行に振込んだけれども、原告の申出により返却を受け、その後昭和三一年九月三〇日原告から金二万円の弁済を受けた際にこれを原告に返戻し、(ロ)の金額について振出交付を受けた小切手(甲第二号証)は不渡に帰したので、同年一二月二八日金七〇、〇〇〇円の支払を受けた際これを原告に返戻したものであることを認めることができ、右認定に反する原告小林正次本人の供述部分はにわかに措信し難く、原告は一旦振出交付した小切手が再び振出人の手裏に返還せられている以上たとえその小切手が不渡に帰した場合であつても、小切手金額相当の金額が支払われたものと推認すべきであると主張するけれども、右各小切手が現金の支払と引換に返還せられたことは前認定のとおりであつて、無条件に返還せられたとするものではないのであるから、右主張も理由がないこととなる、他に原告主張の弁済の事実を肯認するに足る資料はない。

次に(ハ)の支払については右支払のため振出された額面金額八四、〇〇〇円の小切手(甲第四号証)が被告に交付せられた事実は当事者の間に争がないところ、原告は昭和三二年三月七日右小切手と引換に金七〇、〇〇〇円を支払つた旨を主張するに対し、被告は同年五月二一日右金額の支払を受けた旨を主張するけれども、この点に関する原告小林正次本人の供述も証人松本光吉の証言に照しにわかに措信し難いところであるから、右支払の日時については被告の主張の限度において争がないものとするほかはない。

(ニ)から(ト)までの支払について、原告はいずれも小切手および約束手形をもつてその支払を了した旨を主張するところ、右(ニ)の金員支払のため振出交付したとする小切手(甲第七号証)は裏面に訴外小林〓の受領を証する署名印があり、原告は被告の要求により即刻現金化する必要から右のごとく裏判をなしたものである旨を主張するけれども、前記当事者間に争のない同日別途金五〇、〇〇〇円が現金をもつて被告に支払われている事実に照しても、右主張は直ちに首肯し難く、この点に関する原告小林正次本人の供述部分も措信し難いところであるから、右小切手が原告主張のごとく被告に交付せられた事実を肯認することはできない。また、(ホ)から(ト)までの支払について、原告小林正次本人の供述により真正の成立を認める甲第八号証および同第九号証の一、成立に争のない甲第九号証の二を併せ考えると、原告が訴外松井光吉に宛て原告主張の各支払金額に相当する約束手形をそれぞれ振出交付したことおよび同訴外人が当時金融業を営む被告の番頭として被告を代理し得る地位に在つたことを認めることができるけれども、右原告本人の供述に成立に争のない乙第一、二号証を総合して認め得る、当時原告は右松井光吉に対し被告に対するものとは別途に借受債務を負担していたこと、右甲第九号証は振出期日、支払期日、額面金額等の関係から甲第八号証の書換手形とも見得る余知が存すること等を併せ、弁論の全趣旨を参酌して考えると、右各約束手形がいずれも被告に対する債務の弁済のため振出交付されたものである旨の原告小林正次本人の供述部分は、にわかに措信し難いところとなさざるを得ず、他に右主張事実を肯認するに足る資料は存しない。従つて、右(ニ)から(ト)までの支払に関する原告の主張も採用し難い。

次に(チ)から(ワ)までの支払について、証人小林秀雄、原告小林正次本人の各供述に右原告本人の供述により真正の成立を認める甲第一二号証から第一四号証までを併せ弁論の全趣旨を参酌して考えると、原告が(1)昭和三二年九月初頃訴外長田鶴寿に対し、その所有家屋一棟を代金六〇万円をもつて、手附金二五万円を即日受領し、残代金は同月五日所有権移転登記と引換に支払う約定で売り渡し、(2)昭和三二年一〇月五日訴外上田生典に対し、その所有家屋一棟を代金六五万円をもつて、手附金二〇万円を即日受領し、残代金は同年一一月三〇日所有権移転登記と引換に支払う約定で売り渡し、(3)同年一二月初頃訴外小林登に対し、その所有家屋一棟を代金六六万円をもつて、手附金三〇万円を即日受領し残代金は同月一五日所有権移転登記と引換に支払う約定で売り渡し、それぞれ約旨どおりその履行を了したこと、右家屋はいずれも原告が建売りを目的として建築したもので、前記原告が被告から借り受けた金五〇万円もその資金に充てられ右家屋の売却によつて返済されるものであること、右売却は不動産仲介業者宮本善治郎の仲介によりなされたが、同人は被告とも常に緊密な連絡があつたこと、このような関係から、右家屋の売却に伴う手附金及び残代金の授受に際しては、被告の代理人である前記松井光吉が関与し、その都度前記被告の貸金に対する損害金として約定額の一月分以上を持ち去つたこと、以上の事実を認めることができ、証人宮本善治郎および同松井光吉の供述中右認定に反する部分は右認定に照して措信し難い。してみれば、原告は右売却に伴う手附金および代金受領の都度、そのうちから少くとも一月分の約定損害金を支払つたものと認めるを相当とする。右の次第で原告主張の(イ)から(ワ)までの支払額のうち(ハ)および(チ)から(ワ)までの支払額はその主張のとおり(但し(ハ)については支払日は昭和三二年五月二一日)支払がなされたものと認定する。

(3)  よつて右認定にかかる支払額および前記当事者間に争のない支払額がそれぞれ弁済充当せられることとなるのであるが証人小林秀雄、原告小林正次本人の各供述に成立に争のない甲第五号証の記載を併せ弁論の全趣旨を参酌して考えると、右支払額はすべて、一ケ月分ないし数ケ月分の利息損害金に充てる趣旨で支払われたものであつて、利息損害金は前払とする約定があつたことが認められるから、この場合の充当については、利息制限法所定の制限を超える任意支払部分は、当然には元本の支払に充当されることなく、前払された利息損害金とともに、すべて一ケ月を単位とする利息損害金の支払に充当され、ただ現実に残存する元本の額に誤解があり、名目上の元本を基礎としたために違算を生じ約定の利息損害金をも超過することとなつた支払部分のみは、元本に充当されるものとすべきである。原告は任意支払の利息損害金についても、利息制限法所定の制限超過部分は、当然元本の内入に充当され、天引利息の元本充当に関する同法第二条の規定の趣旨は前払利息にも適用されるべきであると主張し、また被告は違算により生じた約定額超過の利息損害金の部分は、次期の支払に繰越すべき旨を主張するけれどもそのいずれの主張も、にわかに採用し難い。そして右の方法により前記弁済金を充当した結果は別紙計算表(二)記載のとおりとなり、これによれば原告が被告に対して負担する債務額は、昭和三三年四月二日当時元本金四〇八、六四九円およびこれに対する同年二月二五日以降の遅延損害金が未払として残存していたこととなる。

三、成立に争のない乙第三号証の一、二によれば、被告が原告に対し昭和三三年四月一六日附書留内容証明郵便をもつて、同書面到達の日から七日以内に前示貸金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する数十ケ月の延滞損害金の支払方を催告し、併せて若し右期日までに支払をしないときは、代物弁済の約定に基づき別紙目録記載の建物所有権を被告に移転すべき旨の意思表示をなし同郵便は同月一八日原告に到達したことを認めることができる。右催告額は前記残存債務額に比較し過大であるが、これを無効ならしめる程不当であるということも出来ないから、適法な債権額の範囲内で有効なものというべく、原告が右所定期限である昭和三三年四月二五日までに債務の弁済なした事実の認むべきもののない以上、右代物弁済の予約完結の意思表示も同日をもつて適法にその効力を生ずるに至つたものといわざるを得ない。従つて原告のなした前記所有権取得登記も適法といわなければならない。

四、ところで被告が右代物弁済の後昭和三四年一月二六日に至り金一〇〇、〇〇〇円を前示貸金債権の弁済のため原告から支払を受けこれを受領したことは当事者の間に争がなく、被告は右弁済受領により前記代物弁済の予約完結の意思表示を撤回した旨主張するけれども、かかる意思表示の一方的な撤回は許されないものというべく、当時原告が債務消滅の事実を知つて右弁済行為をなしたものと認むべき資料も存しない以上、右支払をもつて合意により右代物弁済の効果を消滅せしめたものともなし難いところであるから、被告の右主張は採用し難く、原告がなした右弁済行為は非債弁済というほかなく、原告が当時債務の存せざることを知つていた事実を認めるに足る証拠はないのであるから、被告は原告に対し不当利得として右金額を返還すべき義務があるものというべく、これに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三五年一月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担することも明らかといわなければならない。

五、以上の次第で原告の弁済による債務の消滅を理由とする債務不存在確認請求および各登記の抹消登記手続請求はすべて理由がなく、不当利得を理由とする請求のうち金一〇〇、〇〇〇円の返還を求める請求部分は理由があるけれども、その余の金員返還請求部分は失当といわなければならない。

第六、四六八号事件についての判断

一、原告が昭和三三年四月二五日代物弁済により別紙目録記載の建物所有権を取得し、同年一一月二六日その所有権取得登記を経由したことは、第九、七二五号事件についての判断において示したとおりである。

而して被告小林正次、同有限会社小政建設、同早乙女芳弘および同仙洞田忠雄等がそれぞれ右家屋を占有している事実は、同被告等の認めて争わないところであつて、被告仙洞田忠雄は昭和三三年一〇月九日右家屋を前所有者被告小林正次から適法に賃借した旨を主張するけれども、右主張事実を肯認するに足る資料は存しない。してみれば同被告等は、他に右家屋占有の正権原について何等の主張立証もしない以上、右家屋を不法に占有するものとなさざるを得ず、原告に対しこれを退去明渡すべき義務を負担するものというべきは明らかである。従つて同被告等に対し右家屋の退去明渡を求める原告の請求は正当といわなければならない。

二、原告が本訴請求原因として主張する事実は、被告大塩稔においては明らかに争わずこれを自白したものとみなすべきところであるから、右事実に基づく同被告に対する原告の請求も正当というべきである。

結語

以上認定の次第であるから、第九、七二五号事件における原告の請求は前記認定の限度において正当として認容すべきであるがその余は失当として棄却を免れないものとし、第六、四六八号事件における原告の請求は全部正当としてこれを認容すべきものとし訴訟費用の負担について、それぞれ民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を各適用し、仮執行の宣言は不相当と認めこれを附さないものとし主文のとおり判決する。

別紙

目録

東京都品川区平塚二丁目六一二番二

家屋番号 同町六一二番一〇

一、木造瓦葺平家建居宅 一棟

建坪 二五坪三合三勺

計算表(一)

<省略>

<省略>

<省略>

計算表(二)

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自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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